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【シトリン <2>】
「遅かったな、レイ。」
「こんにちは。お暇なんですね。」
「お前、まず最初に嫌味を言う所なんか、ちっとも変わってないな。仮にも経営者なんだから、もうちょっと礼儀ってものを覚えろよ。」
「兄さんに礼儀を教わるとは思いませんでしたね。で、今日は何の御用ですか。また金策ですか。」
レイは、兄の顔を見ずに言った。その顔は冷たく、学校にいる時とは全く別人だった。
「判ってるじゃないか。さっさと寄越せ。」
手を出す兄に、レイは秘書に命じてメモを持ってこさせた。
「幾ら要るんですか。」
「そうだな…とりあえず。」
額を聞いて、レイは顔をしかめた。
「何処から出そう…。何処が傾いてるんですか。場所によっては、切る事も仕方ないと思いますよ。」
人に礼儀を説くよりも、経営学んでくれよと思うレイだった。
「ん? オレの遊ぶ金が傾いてるに決まってるだろ。弟ならお兄様の為に出してくれるよな。」
「………使途不明金は会社のお金から出すことは出来ません。」
「何言ってるんだよ。お前の金はオレのもの。オレの金はオレのもの。だろ?」
いつからだ。
レイは、1アルミも兄のものにした覚えは無かった。
ちなみに、10アルミで1カッパー、10カッパーで1シルバー、100シルバーで1ゴールド(日本通貨で1万円が1ゴールドと思ってもらえると判り易いかと)。
兄の要求は、何百ゴールドもするものだった。
絶対嫌だ。レイはそう思った。
だからきっぱり言った。
「嫌です。」
「なに?」
即座にむっとした顔の、兄が近づいてきた。
「お前、いつからそんな口が利けるようになったんだ?」
「いつからも何も、嫌なものは嫌です。そういうご用事なら、帰って下さい。仕事の邪魔です。」
横で、秘書がおろおろしていた。が、いつもの事でもあったので、口を挟むことはなかった。
兄はレイの胸倉を掴むと、凶悪な顔で睨みつけた。
「生意気な口を叩くな。お前は生まれてきちゃいけなかったんだ。それを育ててやった恩を忘れたか。」
「兄さんに育てられてなんかありませんよ。いいから帰って下さい。」
兄は、レイの頭を机に叩きつけると、金色の髪を掴んで頭を持ち上げた。
「気持ち悪い。お前だけ金色の髪で。」
はき捨てるようにそう言うと、髪を掴んでいた手を振り払うように、レイの頭を放した。
兄の髪は茶色だった。
兄は、ずかずかと部屋を出て行った。その後を、秘書が、恐る恐る追いかけて、扉を閉めた。
「…レイ様…。」
「ああ、悪かったね。重ねて悪いんだけど、お茶もらえるかな。」
「は、はい、かしこまりました。」
秘書が出て行った扉を見つめ、レイは椅子にもたれてゆっくりと息を吐いた。
ポケットのシトリンを取り出す。
シトリンは、背後の窓からの光を受け、きらきらと金色に輝いた。
レイは、軽く握り締め、目を閉じた。
「大丈夫。」
屋敷に帰ったレイを、いきなり兄が殴りつけた。
「お前が出さなかったせいで、散々な目に遭ったんだぞ。」
自業自得だろ、とレイは思ったが、口に出さなかった。
二発、三発と殴られて、床に倒れたところを数回蹴りつけられた。
適当な所で気が済んだのか、兄は何やら捨て台詞を言っていったが、レイは聞いていなかった。
「くっ…。」
兄の前では、呻き声一つ出さなかったが、一人になると、身体が悲鳴を上げる。
よろよろと自室へ向かう中で、父にばったり出会った。
「なんだレイ、その格好は。どうせ外でケンカでもしてきたんだろう。お前は全くろくでなしなんだから。これで会社経営が上手くなかったら、放り出してるところだ。そろそろ一人でも生きていける年だろう。」
「……。」
兄にやられたとは、言わないレイだった。言ってもどうしようもない。
父はひとしきり文句を言うと、忙しいのに無駄な時間を取らせおってと、怒りながら去っていった。
「忙しいなら黙って見過ごしてくれよ。」
自室に辿り着いたレイは、ようやっとそれが言えた。
部屋の外で言ったなら、誰が聞いてるか。
こんな事には慣れている、レイの部屋には、手当てをする医薬品が完備されていた。
てきぱきと手当てをすると、レイは上着を脱いで、ベッドに転がった。
「あ、宿題…。」
でもそんな気力は、今は無かった。
上着を探って、ポケットにあったはずのシトリンを探す。
「あ…。」
手応えは小さく、シトリンは複数の欠片になっていた。
「あ…。………あーあ。ま、いいや。拾ったものだし。」
口は軽くありながら、その顔は無表情だった。
欠片をハンカチに包み。
それを握り締めた。
「ここまでボクと一緒じゃなくても。」
あくまで軽く笑ってみたけれど、その目は笑っていなかった。
「ボクに、元気をくれるんじゃなかったのかい。」
翌日。
「おはよー、レイ。」
「おはよう。」
悪友4人に朝の挨拶をされて、いつも通り返した。つもりのレイだったが。
「どした。暗いぞ。」
「うーん…。」
ポケットからハンカチの包みを取り出して。
「これ。あーあ。」
広げたハンカチの中身は、割れたシトリン。
「あら〜、見事にいったねえ。」
「残念〜。一日と持たなかったよ〜。」
けらけらと笑いながら、レイは軽く言った。
おはよーと、他の生徒がレイに話しかけている隙に。
「ちょっとちょっと。」
悪友4人、マミヤ、アイシ、ヒューシャ、トライスが集まる。
「見たか?」
「見た。レイの顔、ちょっと腫れてる。」
「またお兄さんにやられたんだ。その時割れたかな。」
「なんかレイ、落ち込んでるよね。」
「今まで落ち込んでなんか居なかったんだから、やられたのが原因じゃないな。」
「お父さんのイヤミでもないね。」
その日一日、レイはいつもと変わらないように見えた。
普通なら、それで騙されただろう。
だが、4人はダテに悪友じゃなかった。
次の日。
「レイ。」
「なーに?」
「ノート見せてくれ。」アイシが言った。
「あー、いーよー。」
「…。」
「やっぱり。」
「?」
周りの4人が、深刻に頷いている。
「レイ、自分でおかしいって気付いてる?」
「え? ボクどっかおかしい?」
「おかしいよ。アイシがオレたちのノート見るはずがないだろ。休んだ時を除いてさ。」
「…あー。ハメラレタなあ。」
けらけらと笑うレイ。
だが、他の4人は笑うどころじゃなかった。
「レイがツッコミをしないなんて…。」
「そんなに重症だったなんて。」
「レイも傷つく事があったんだね。」
「こら! それはさすがにあるって!」
「わ、ツッコんだ!」
少しずつ、レイに、本当の笑顔が戻ってきたような感じだった。
そこで。
ヒューシャは、シトリンのブレスレットを差し出した。
「え、これ。」
「オレたちから。」
ヒューシャは、レイの手に、ブレスレットを乗せた。
「やっぱさ、レイがツッコミもしねえなんて、ブキミだからさ。」と、ヒューシャ。
「能天気でもツッコミ大王でもないレイなんて。」と、マミヤ。
「そうだな。」
アイシ、トライスが、うなずいた。
「あのね、君たち…。」
「だって、へらへら笑っている顔は元気がなかったし、時折ポケット抑える仕草見せてたじゃないか。これは、あの石が割れちゃったからだろうって。」
「で、金出し合って、昨日選びにいったんだ。」
「女がいっぱいで恥ずかしかったけどな。」
レイは、ブレスレットを手首に通した。
ブレスレットを飾るシトリンは、朝日を受けて、きらきらと輝いた。
その色はやわらかい金色で、レイを優しく包んだ。
それを見ているレイの顔は優しく、髪はシトリンと同じように、金色に輝いていた。
「ありがとう。」
にっこり笑ったレイの顔は、いつもの顔だった。
4人は、良かったと思った。
「この、いかにも安物ってデザイン、誰が選んだの?」
「そこでそういうツッコミを入れるか!」
終り
2007.03.09.Fri.
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