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【螺旋状の探偵 <2>】



              §§§

 日々の忙しさに、オレ、雄也は探偵のことなど忘れてしまった。
 あれは何かの夢だったんだ。
 無かったことに。
 そう思っていたオレの前に、再び探偵は現れた。
「こんばんは。」
「なんだよ、今度は何の用だよ。」
「探し物ですよ。この辺で気配がすると言ったでしょう。」
「オレじゃねーなら、知らねーよって。だいたい、『石になる心』なんて、どんなもんなんだよ。」
「あのですね。」
 探偵はまた空気椅子に座ると、話し始めた。
「綺麗な心と言ったでしょう。いえ、綺麗というより、純粋な、という表現がいいのかも知れませんね。」

「宝石になるくらいなんだから、そうなんだろうな。」
「赤い石なんです。だから、赤の属性の心なんでしょうね。情熱か、はたまた傷ついた血だらけの心か。」

「なんだ、見たこと無いのかよ。」
「一つ一つ、違うんです。見れば判る。そういう商売なんですよ。」
 そうなんだ。石なんて、オレにはどれも同じに見える。ていうか、同じだろう。
 情熱には縁がないし、血だらけの…更に縁がないな。
「うちで気配があるってーのが解かんねえ…。」
「貴方じゃないんですよねえ。」
「重ねて言わんでよろしい。」
「まあ、また探してきますよ。気配には近付いてるみたいだから。」
「ふーん。」
 ま、気が済むまで探せばいいよ。
 どうせオレには関係ないし。
 じ…っと、探偵がオレを見ていた。
「なに。」
「貴方から気配がする。」
「うっそお。」
「でもまだ違う。」
「って…。」
 えええっっと驚く俺を尻目に、探偵はさっさと立って、
「じゃ。」
と片手を挙げて、また携帯に入っていった。
「なんなんだよまったく。もう来んな。」

 窓をカリカリとひっかく音がする。あ、開けてなかった。
 窓を開けると、にゃ〜と、愛猫・まおが飛び込んできた。
「おー、まお。何だ今日はご機嫌がいいなあ。」
 良く見ると、またなにか咥えている。
「ぎゃっ、だから持ってこなくていいってのに!」
 泣く泣くそれを処分する。今日はスズメだった。
 ベッドの上に持ってこられるよりゃマシだけどな。見せに来なくていいんだよ。
 そうこうしていると、オレは、探偵の事など忘れてしまった。
 だいたいあいつ、気配がする気配がするって、こんな探して見つからねえんなら、腕悪いんじゃねえの?
 うちにはオレしかいないのに、オレから気配がって…。
 オレ?
 オレ、赤い心なんか持ってたんだっけ?
 なんて言ったっけ、情熱、とか。
 ちょっと探してみよう。

 インターネットで、赤い石の意味を調べてみた。
 情熱。やる気。優しさ。癒し。愛情。勇気。
「どれをとっても、オレとは縁がなさそうな。」
 オレはといえば、日々、電車に揺られて会社に行き、なんとなくその日を過ごして、帰ってくる。
 趣味はといえば、時々仲間と行く旅行くらい。
「どっちかといえば、ブルーだよな。」
 オレの心に色を見るとしたら、きっと青に違いない。それもうっすい青だ。
「バカバカしい。」
 オレは、パソコンの電源を切った。

 翌朝も仕事。
 電車に揺られて、会社へ。
 がたんがたん。がたんがたん。
 ごーっという電車の音。
 こんなにいっぱいの人間が乗っているのに、なんだってこんなに静かなんだろう。
 新聞をめくってるオヤジの、かさりという音くらいしか。
 時折起こる、咳やくしゃみの音くらいしか。
 これが人間の居る場所なんだろうか。
 こんなに、ぎゅう詰めに人間が居るのに、人間の気配がしない。
 車内に目をやってみると、じーっと人間が立っている。
 せわしなく新聞や雑誌をめくっている人も居れば、じーっと立って、ほとんど身動きをしない人も居る。
 ひたすら電車が早く着くように祈ってるのだろうか、目をぎゅっと閉じてる人が居る。
 これが人間の居る場所なんだろうか。
 電車が駅に着くと、まるで人形がせわしなく動くように、一斉に気配が動く。
 どどど。
 気配も足音も、どどど、と聞こえる。
 急がないと、電車のドアが開いている時間は短い。
 我先に、ドアの外へ。
 我先に、空いた席へ。
 まるで椅子取り合戦だ。
 そういえば、『長距離の定期を持っている者は座る権利あり』というような、本が出てたっけ。
 オレは、長距離だけど、なかなか座れないな。
 こういう時、始発駅が羨ましい。
 こんなにしてまで、会社って行く価値があるんだろうか。
 オレじゃなきゃできない仕事って、あったっけ。
 ふと、探偵のことを思い出した。
 赤い石。
 そんなものに合うような、オレはそんな心じゃないな。
 昨日も思ったけど、オレの心はうっすい青だ。
 今の心なら、きっと灰色(そんな石があるのならだが)だろう。
 ふと、外を見た。
 さっきからくしゃみや咳をしてる人が多いと思ったら、外は明るかった。
 薄汚れたビルや、古びた家の合間に、寺の表に、薄いピンクの花をつけた木がちらほらと見える。
 そうか、春なんだ。
 灰色の車内から目を移し、出来るだけ窓の外を見るようにする。
 ピンク。
 白。
 またピンク。赤。
 今、オレの心を見るならば、ちょっとだけピンクかもしれない。

 会社に着いて、仕事をする。
 別になんて事のない、いつもどおりの単調な仕事。
 怒られるわけでもない。
 褒められるわけでもない。
 適当に喋って、適当にこなす。
 静かな室内。時折鳴る、電話のベル。
 静かな室内。
 かしゃかしゃかしゃ。かしゃかしゃ。ぱん。かしゃ。
 パソコンのキーボードの音。
 ぺらり。ぺらり。
 書類をめくる音。
 同僚の、ちょっとした雑談。
 同僚と上司の、仕事の会話。
 遠くで女子社員が笑っている。甲高い笑い声が、静かな室内で不快に響く。
 うるさいな。
 それもすぐに、静かな室内に飲み込まれる。
 今日オレがいなくても、誰も何も変わらないし、困らないと思う。
 少しだけピンクになった心が、また灰色になった気がする。
 仮面のようなオレ。
 いや、仮面というか、能面のような。
 白、じゃない、なんだこれ。
「うーん。縞模様ですね。」
 そうか縞模様か。
「!」
 今、誰か何か言ったか?
 慌てて辺りを見回したオレを、隣の席の女が、いぶかしそうに見ていた。

              §§§

「ダメですよ、あの人はボクが目をつけてるんですから。」
「私の探しているのにぴったりなんだ。もらっていきますよ。」

              §§§

 須藤は、携帯でメールをしていた。
「送信っと。」
 用件は来週の旅行の事だった。旅行するなら、同居人に愛猫の世話をよく頼んでおかなければ。
 そういえばあいつも、猫飼ってなかったか。
 一度ウチに連れてきて、大変な事になったっけ。
 須藤は、ふと、めまいがした。
 気が付くと、目の前に、年の頃十四、五の少年が立っていた。
「こんばんは。探偵です。」
「たんてい〜?」
「心を知りませんか。」

              §§§

 時計を何回も眺める。
 眺めたからって、進むわけではないんだけど。
 壁に掛かっているのは、アナログの丸い時計。
 針がぐるぐる回る。
 ぐるぐる。
 ぐるぐる。
 そういえば、探偵のネクタイピンも、ぐるぐる巻きの螺旋だった。
 帽子も、あれ、黒いウェディングケーキだと思ってたけど、上から見ると螺旋みたいだ。
 螺旋。
 螺旋。
 何か意味があるのかな。
 ぐるぐる。

 やっと終業の鐘が鳴って、今日も定時即行。
 晴れやかな今の心は、何色だろう。
 会社の外に出ると、空がまだ少し明るい。
 春になったんだな。
 日がほんの少し長くなったみたいだ。
 空の色は、ほんのり赤い。
 青い空の果て、ビルの向こうが明るい。
 駅までの道のりの、研究所みたいな大きな建物のわき道に、早咲きの桜が咲いていた。
「うわあ、満開だ。」
 なんだかこっちまで浮かれてくる。
 今のオレの心は、朝よりはっきりとピンクだろう。
「あ、でも春って事は、もうすぐ恒例の花見かあ…。」
 ずーんと暗くなる。
 春だってのに、4月の初めはまだ寒い。
 会社の花見はオレみたいな若手にとって、正直楽しくない。
 オレは去年新人だったから、花見の場所取りの当番だった。寒い中、道行く人の理解に満ちた笑いを一身に浴びて、ひたすらひたすら暇をつぶした記憶がある。
 今年は今年の新人の役目だから、オレは関係ないけれど、今年の新人は少ないから、もしかしたらオレも借り出されるかも。
 ああ、花見の準備は確実にオレも荷物持ちだな。
 夜になれば、花と人と、どっちが多いかという公園になる。
 浮かれたサラリーマンの合間を縫って、両手にビールを運んで走ったあの春が、もう一度やってくる。
 飲んで騒いでるのは、先輩や上司たちだけ。
 オレたちペーペーは、酔っ払ったオッサンもとい、上司たちの、愚痴や自慢話や、わけのわからん叫びやらの相手をさせられる。
 周りの、別のサラリーマンの団体が、カラオケを持ち込んでいた。
 うわ〜、他にも居るんだぞ、その音量で自分たちだけ楽しむのやめてくれよ。
 あっちに屋台が出ている。その焼きそばのにおいで、花の匂いなんか…もとよりそんなの感じるほど、繊細な人間じゃないか。
 でも、そういえば、桜の根元のビニールシートって、桜に悪いんだってな。
 花見なんか、ホントはしちゃいけないんだろうな。
 こんな、根元にビニールシート敷いて、あーあ、残ったビール、桜に掛けるのやめろよ。
 帰りには、花とごみと、どっちが多いかという公園になる。
 地球環境汚染とか叫ぶ前に、公園汚染はどうしたらいいんだろう。
 そんな記憶がオレの脳裏に、ぽん、と浮かんだ。
 あーあ。
 今年の花見は雨にならないだろうか。
 今のオレの心は、ピンクから、はっきりブルーだった。

              §§§

 こころって、こんなにころころ変わるんだな。
 赤には程遠いが、オレの心がいろんな色で出来てるんだって、気が付いたよ。
「ぐるぐるですね。」
「ぐるぐるなんだよ。」
 オレは、探偵が来たと思った。
 午後十一時。
 あれ? いつもの探偵にしては、時間が早くないか?
 見ると、いつもの十四、五の探偵じゃなかった。二十歳くらいの、白い帽子と、白いスーツを着ていた男が立っていた。手の黒い手袋だけが、妙にアンバランスだった。
「あれ。いつもの探偵じゃないんだ。」
「お構いなく。私も探偵です。」
「あそ。今日はあれ、休みかなんかなのか?」
「いえ、私は別件です。実は貴方に用がありまして。」
「オレ?」
「ええ。」
 にま、と男は笑った。
 ぞっとするような笑みに、オレは思わず後ずさった。
 それに気が付いたのか、男は安心するような笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、安心してください。」
 そんな言われても、もう遅いよと思った。
「で、オレに用ってなに?」
「ええ、実はですね…。」
 ぬう、と、黒い手袋の手をこっちに伸ばした。
 オレは後ずさる。
「逃げなくていいですよ、悪いことは何も無いですから。」
「そんな言われても、怖いってあんた。」
「心外ですねえ、こんなに優しいのに。」
 じりじり男は寄ってくる。
 オレは壁際に追い詰められた。
「実はですねえ。」
 じり。じり。
 男が寄ってくる。
 にんまりと笑うその顔が、本当に怖かった。
「貴方の心を頂こうと思いまして。」
「あんた怖いよってーっ!」
 男に詰め寄られて、オレは目を閉じてしまった。
 その時、オレの愛猫・まおが、にゃあと気の抜けた声で鳴いた。
 こらー!
 ご主人様が危ないんだから、ここは飛びかかるとか、にゃーにゃー吠えるとか、なんかあるだろ!
 あ、吠えるは犬か。
 やっぱ猫に番猫の役割を期待するのは無理か。
 まおは、てってってと、オレと男の間を通り抜けると、咥えていた何かを置いて、にゃあと鳴いた。
 これまでか。
「ん?」
 男の手が迫ってくるかと思いきや。
 オレが片目を開けると、男はまおに気を取られているようだった。
「これ…。」
「あの〜〜、どうかした?」
 その時。
 きぃん! と音がした。
 見ると、
「探偵!」
「雄也さん、大丈夫ですか!」
 探偵が、オレと男の間に立ちふさがって、先にぐるぐると飾りのついた棒をかざしていた。
 男も、何か棒を持っている。
 さっきの、きぃんという音は、これらがぶつかった音らしい。
「邪魔するなって言っただろう。」
「しますよ。この悪徳業者。貴方達のおかげで、許可証持ったボクら正規の業者がやりにくくなってるんですから。」
 オレはとりあえず、男が離れたんでほっとした。
「悪徳業者って?」
 いかにも悪徳っぽい表情してた、とは言わないけどさ。
 オレにも空気読むって感性ぐらいある。
「悪徳業者とは言いますね。これでもちゃんとお客さんから依頼を受けた業者なんですよ。」
「お客さんの注文があれば、対象の心を根こそぎ持っていって培養するなんてことしていいとでも思ってるんですか。」
「根こそぎ〜? じゃあ、持って行かれた対象は、どうするんだよ。」
「もちろん、抜け殻ですよ。病院で一生機械につながれてですね。」
 ぞっとした。
「若いからご家族大変でしょうねえ。」
「心配するトコそこか。」
 こんな局面なのに、思わず突っ込みを入れてしまいたくなるのはなんでなんだろう。
「ケチがつきました。」
 男は、棒を引いた。
「まあ、私の依頼なんて簡単なもんですよ。さほど綺麗でもない、灰色の縞模様の心を手に入れて、色が着いたところを抽出するなんて。幾らでもそこらに転がってますからね。」
 オレは、探偵に『心が無い』と言われたときよりもむっとした。
 が、すぐに、そんなもんだと思った。
 自分でも、そんな綺麗なもんだなんて思ってないさ。だけど、人に言われるとこんだけむっとくるのはなんでだろう。
「探偵が付いた事で、ちょっとは上質なものが手に入るかと思ったのですが。まあ、今日の処は引きましょう。また別の対象でも探しますよ。なに、幾らでもいます。」
 それでは、と、一礼をして、霧のように男は消えた。
「ふう、危ない処だった。」
 しゅるんと、探偵は棒を縮めて、ネクタイに指した。
 あれ、ネクタイピンだったんか。
 と、オレは思い出した。
「お前も心を持ってくとか言ってなかったか。」
 オレの不審な目に、探偵が愛想笑いを浮かべる。
「や、やだなあ、ボクはそんな、悪質業者じゃないですって。」
 ほら。と、探偵が胸ポケットから出したのが。
「これが依頼の品です。」
「なんだ、あるじゃないか。見つかったんか。」
 それは、綺麗な赤い石だった。
「説明が足りなかったですね。これに入れる心を探すのが、ボクの仕事なんですよ。」
 探偵の手の中で、宝石は、微かに光った。
「輝きが足りない。心を入れなければ。でも光ったという事は、この近くにあるんですよ。」
「オレじゃないんだろ?」
「そうですねえ…。」
 探偵は、視線をオレの足元に落とした。
 みゃあと、まおがオレの足元に擦り寄ってる。
「うげ。」
 今日の獲物はハトかよ…。
 いい加減、見せに来なくていいから。
 にゃあにゃあにゃあ。
「はいはい、エサですか。」
 オレ、猫に使われてんじゃないだろうか。

「見つけました。」
 へ?
「この猫ですね。ボクが探していたのは。」
「まお?」

 オレは、間抜けな声を出してしまった。
「こんばんは。まおちゃんというのですか。心を頂きますよ。」
 ねこ? 
 いや、今突っ込む処はそこじゃない。
「ちょい待て! 心をもらうってどういうことだよ。お前、さっきのヤツと大差ないんじゃ…。」
 ご主人の危機にも反応しなかったけど。
 色んなもん、獲ってきては見せてくれるけど。
 それでも可愛いオレの愛猫だった。
「失礼な。一緒にしないで下さい。大丈夫ですよ、根こそぎもらったりしませんから。ほら。」
 探偵が、石をまおにかざすと、まおが石をじっと見つめる。
 と、煙のようなものがまおから出て、石に吸い込まれていった。
「まお…。」
「大丈夫ですよ。ちょっとだけ元気の一部をもらったようなものです。心配ないですよ。」
 まおは、ちょっとの間だけきょとんとしていたが、すぐにオレに向かってにゃーにゃー鳴き始めた。
「ね、元気でしょう。」
 なんなら、別の石に、貴方の心ももらってみましょうかと言うので、丁重に辞退した。
 ともあれ、元気ならそれでいいよ。
「綺麗でしょう。ちょうど、獲物がハトですし。いいピジョンブラッド(ハトの血)も取れました。」
 探偵が差し出した手のひらの上の石は、石が鼓動を打っているかのように光ったり、光が収まったりしていた。
 オレは、友人の女から聞いた事がある、『王家の心臓』という宝石を思い出した。
 あれも確か、赤い石じゃなかったっけ。
「良くご存知ですね。」
「だから、オレ、喋ったっけってば。」
「細かい事は気にしない。」
 探偵は、人懐こい笑顔を浮かべた。
 やっぱ、さっきのが悪徳業者で、こっちが正規の業者だとしたら、顔に出るんだな。
 気をつけよう。
「とにかく、これでお別れだな。」
「そうですね。お世話になりました。」
 本当だよ。
「いやー、今回も手が掛かりました。貴方から気配を辿って、お友達の処に行かせてもらいましたが。あなた、本当にまおちゃん可愛がってるんですか? ずいぶんあっちこっち預けてそうじゃないですか。」
 預けた?
 そういや、探偵が出たって聞いたダチは…。
 綾香。貸してくれって言われて貸した事があったっけ。
 木島。いっつもオレが旅行に行く時に、まおを預かってくれるヤツ。
 須藤。まおを連れて遊びに行った事があったっけ。
 他にも出たって行った処には、まおの行った先でもあった。
「そういうことか…。」
「そういうこと。じゃ、まおちゃん大事にしてくださいね。」
「しっかし、猫とは思わなかったな。心って言うからてっきり人間かと。」
 探偵は、哀しそうにふわりと笑った。

「心はなんにでもありますよ。猫にも、桜にも。生きてるんですから。」

「そうなんだ。」
「そうなんです。むしろ、人間の方が、最近は心が無いかもしれませんよ?」
「……。」
「では。おいとま致しますね。」
 探偵は、オレの中か携帯に入っていくのかと思いきや、ネクタイピンの杖を伸ばして、空気の渦を作った。
「じゃあ。多分もう会うこともないでしょうが。悪徳業者には気をつけてね。」
 渦に入った探偵は、風で舞い上がった桜の花びらが地面に落ちるように、はらりと消えた。

 こころ。か。
 探偵が来てからこっち、心について、ちょっと考えるようになった。
 悪徳業者に狙われるくらいには、オレにも心があったってことなんだな。
 さよなら、探偵。
 今度会う時には、オレの心を宝石にしてくれる時に会いたいな。


 そして。
「だから、どーして戻ってくんだよ。」
「だから、この辺で気配を感じるんですってば。」
「オレじゃないんなら、さっさと出てけーっ!」





END.                   
2007.04.16.Mon.                  

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