トップメニューへ 
小説メニューへ 

【シトリン <1>】



「あれ。」
 レイは、自宅の宝物庫で探し物をしている時、何やら光るものを蹴飛ばした。
 拾ってみると、黄色い石だった。
「裸石だなあ。こんなもんがあったんだ。」
 こんなところに転がってるくらいだ。誰も要らないんだろうと、レイはポケットに入れた。

 部屋に戻って、石を見てみる。
 黄色い石。
 どこかの宝飾品から転げ落ちたとは思えない、ざっくりとしたカット。そこらの石屋で売っていそうな、無造作なその形は、レイの手のひらに馴染んだ。
「誰も要らないんだろ。ボクのもんだ。」

 ここは、ティール国にある、国立ティール学園。市街の中心にそびえる王城に隣接している。
 レイは、そこの高等部2年。
 教室で休み時間に、レイは石をポケットから取り出して、日にかざした。
 きらきらとそれは輝いて、なんだか力が湧いてくるような気がした。
「落ち込んでるわけじゃあ…ないんだけどさあ。」
「なに、レイくん落ち込んでるの?」
「なになに、私が慰めてあげるよ〜。」
 女の子たちが、わらわらと寄ってきた。
「いや、気持ちだけ。ありがとう。」
 如才ない微笑を浮かべながら、レイは席を立って、少し離れた友人のところに行った。
「マミヤ。この石知ってる?」
「なんだレイ。坊ちゃんの癖に宝石の種類も知らないのか?」
「女性じゃないんだから、宝石には詳しくないよ。」
「ボクも女性じゃないんだけど。」
「本当に、ああいえばこういうな、ツッコミ大王。君は、色んなこと知ってるじゃないか。」
「君ほどじゃないよ、ツッコミの帝王。しょうがない、貸してご覧。」
 レイはマミヤに、石を手渡した。
 窓辺に立つレイは、その金色の髪に太陽をきらきらと反射させていた。
 大きな茶色の瞳が印象的な、整った顔立ちをしていて、家はお金持ちで次男。それで女の子には人気があったが、レイはマミヤや、他3人の5人の男友達と過ごす事を望んだ。
「レイはさ、自分が華やかだって、気付いてる?」
「なんか言った?」
「いや、いい。」
 マミヤは、石を見た。どことなく、レイに似ていた。
「これは、黄水晶、シトリンだよ。」
「シトリン?」
 マミヤは、豊かな黒髪を揺らして、大きなアーモンド型の紫の瞳で、シトリンを日にかざした。
「シトリン。別名、黄水晶。語源は’シトロン(レモン)’から来てるんだ。硬度7、比重 2.65、屈折率1.54−1.55。もっと聞く?」
「いや…いい。ほら、やっぱ知ってるじゃないか。」
「ボクが鉱石に詳しいって知ってるから聞いてきたんだろ。」
「ま、そうなんだけどな。」
 レイはマミヤから、シトリンを受け取った。
「で、どうしたのそれ。」
「ん、ウチで拾った。」
「そんなもの拾えるような家なんだからなあ…。」
「誰かの落し物じゃないみたいだから、ボクがもらった。持ち主が現れるまでボクのものさ。」
 レイは、手のひらのシトリンを見て。
「それに、こんな高そうじゃない石なんか、興味あるのボクくらいさ。」
 シトリンは、レイの手のひらで光った。レイも、太陽の光で光っていた。
 マミヤは、レイの事情を知っているから、それ以上何も言わなかった。
「それ、持ってるといいよ。元気になる石だって言うよ。」
「石にそんな力があるんだ?」
「パワーストーンって、知らない? 石には神秘の力があって、持ち主に色々な影響を与えてくれるっていう話だよ。ホントかどうか知らないけどね。」
「バカバカしい。」
 マミヤの発言に、それまで黙って横で本を読みながら聞いていたアイシが口を開いた。
「非科学的にも程がある。それは先刻マミヤが言ったように、硬度7、比重 2.65、屈折率1.54−1.55の、黄色の鉱物に過ぎん。石は石だ。人間に何かを及ぼすとは思えない。何かそういう波長でも出ていると、証明できているなら聞いてもいいけどね。」
「アイシらしいけどね、科学で証明できてることなんて、一部なんだよ。現在、科学なんて、仮説の積み上げなんだ。もしかしたら、今一般的な説が、明日には崩れているかもしれない。それが科学なんだよ。地動説然り、エーテル理論然り。そのうちユーレイが科学で証明できたりしてね。」
「バカバカしいと言っている。ユーレイなんて存在しないものが科学で証明できてたまるもんか。」
「科学偏重主義ほど、科学のシロートなんだよ。」
 だんだんマミヤとアイシの言い合い(議論?)が白熱してきたので、ついていけなくなったレイは、窓の傍で、もう一度シトリンを眺めた。
 大丈夫だよ。
 そう言ってもらっているような気がした。
 レイは、シトリンを、大事にポケットに入れた。

 調べてみたら、金運の石だそうだ。商売繁盛や豊かさの効能があるらしい。また、その温かいオレンジのようなイエローは、癒しの力があって、悲しみやストレスを和らげ、自信を付けてくれるらしい。
「ボクにぴったりだ。」
 学校が終わり、会社に向かう車の中で、レイは調べ物を終えた。
 レイは、財閥の御曹司で、家の所有する会社の幾つかを、若干17歳の身で任されていた。
 その手腕は一族の中でも優れており、系列の中でも抜きん出た成績を収めていた。
「金運か。別にボク自身にお金なんか要らないけどね。生活できて、ちょっと遊ぶだけあれば。」
 でも。
 もうここまで大きくなってしまっては、自分が稼ぐために、企業経営なんか出来ない。
 会社には、無数の従業員とその家族がいる。会社を取り巻く環境の人々と、またその家族がいる。
 会社は既に、彼らの生活を守る為に存在する。
「兄さんみたいに、自分の為に会社を動かしてるから、ボクに借金しないと会社が回らないんだ。」
 次男であるレイは、兄の、いかにも金持ちの坊ちゃん的な経営が大嫌いだった。
「社員が可哀想だよ、あんなにぐらついてると。」
 そんなことを考えていると、秘書が、会社で兄が待っていると告げた。
 車は、会社にもうすぐ着く。
 レイは、ポケットの中の、シトリンを握った。




続く                   
2007.03.05 Tue.                  

小説メニューへ 
トップメニューへ