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【螺旋状の探偵 <1>】
「やあ」
オレ、雄也二十三歳が、ふらっとめまいがしたかと思うと、そいつはオレの体からずるっと出てきた。
「お前、誰だよ。」
「探偵です。」
「たんてえ〜?」
そいつは、奇妙な格好をしていた。
年の頃は十四、五。
黒いウエディングケーキのような段々になった帽子をかぶり、服は黒いスーツの変形のようで、袖が妙な風に広がっていた。スーツの中はピンストライプのワイシャツ、靴も黒の中で、ネクタイだけが深紅だった。螺旋の形をした高価そうなネクタイピンの宝石が、印象的だった。
いや、どんな格好でもいい。
時刻は深夜0時、曜日は平日。
オレは明日も仕事で、今日も今日とて疲れているのであった。
「何でもいいから出てってくんない? オレ、疲れてるんだよ。ていうか、そもそもこんな時間に来んなよ。」
「そりゃすみませんね。なに、用が済んだら早々に退散しますよ。」
「オレは用ないよ。」
そいつは聞いてない顔で、オレの前に座った。
「よいしょ。座らせてもらうよ。疲れちゃってね。」
「疲れてるのはオレも同じだ。眠いんだから帰れよ。」
「まあまあ、そう言わずに。すぐに退散するって言ってるだろ。」
見かけの割りに、どうしてこんな、おっさんくさい喋り方するんだろう、こいつ。
そこでオレは気が付いた。
そいつは、オレの前に、何も無いオレの前の空間に座っていた。
空気椅子?
「細かい事にはこだわるんじゃないですよ。」
「…いいから用件を言って、帰ってくれ。」
「じゃ、言います。」
探偵は、おもむろに切り出した。
「心を探してます。知りません?」
「心なら誰にでもあるだろ。」
「最近は希少価値でねえ。」
オレはむっときた。
じゃあ、オレの心はないってことかよ。
「探しているのは、宝石になる心なんですよ。とっても綺麗な。私はそれを探す調査員といった処です。」
「…ここは見ての通り、オレの一人暮らし、この部屋にはオレしかいない。解ったら帰った帰った。」
「この辺に気配がするんですけどねえ。」
探偵は、きょろきょろを辺りを見回した。
「知らないかって聞くって事は、オレじゃないんだろ。」
「それはまだ解りませんが。今ここには無いようですね。」
なんじゃそりゃ。
「じゃあ帰ろうな。」
「はいはい、解ってますよ。」
そいつはそう言うと、立ち上がった。
やっぱりヤツの座っていた処には何も無い。空気椅子だ。
「それはいいから。」
「オレ、口に出した?」
出した覚えは、ない。
「じゃあね。」
と言うと、探偵は、オレの携帯にずるりと入っていった。
「???」
後に残されたのは、間抜けヅラのオレだけ。
「今…携帯に。」
気味が悪いので携帯を振ってみたが、そいつは出てくる気配が無かった。
よもや開くとヤツの顔が、と思ったが、幸いな事に、待ち受けは変わっていなかった。
「なんだったんだ、今のは。」
オレは、今のは見なかった事にした。
明日も早いんだ。起きて見る夢なんぞ、見てる暇なんか無い。
それから、オレは友人から、例の探偵の話を聞いた。
どうやらヤツは、オレの携帯に登録してある友人の何人かの所に、出たらしい。
オレは責任を感じるべきなんだろうか。
§§§
綾香は、友人からの電話を切った。
用件は、来週の旅行の事。
どうしようかな。もう決まってるんだけど、なんだか気が乗らないからドタキャンしようか。
時刻は夜の0時。そろそろ寝ようかな。
いやいや、今日はこの前友人に教えてもらった深夜番組を見るんだった。
もうちょっと起きてよう。
その時。
ふらっとめまいがして、気が付くと目の前に、年の頃十四、五の男の子が立っていたのだった。
「こんばんはお嬢さん。夜分にすみませんね。ボクは探偵です。」
「たんてい〜?」
少年は、妙な格好をしていた。黒いウェディングケーキのような帽子、黒い変形のスーツ。螺旋のネクタイピンの、宝石が綺麗だと、綾香は思った。
少年、探偵は、人懐こく笑った。
笑うと可愛いじゃない。よく見りゃ顔立ちも良いし。いやいや、そういう問題じゃない。
「どこから出てきたの。」
「細かい事は気にしない。」
細かくないと思うんだけど。
「とりあえず警察呼んだ方がいいのかな。」
「心配しなくても、すぐに消えますよ。ここには無いようだし。」
「何が?」
「心。」
綾香はむっとした。心ならあるじゃない。
「ボクが探しているのは、ある特定の波長を持った心なんですよ。宝石の原型なんです。」
「宝石。」
綾香は、怒るのも忘れて、その言葉に惹かれた。
「どんなのだったらいいの。見つけたらくれる?」
綾香は身を乗り出した。
「あいにく依頼品なのでね。差し上げるわけにはいきませんよ。」
「じゃあ出てって。」
「はいはい。」
探偵は、苦笑いをして、綾香の携帯に入っていった。
「あーっ!」
綾香は慌てて携帯を振ったが、探偵は出てくる気配が無かった。
「なんだったのあれ。」
綾香は気味が悪くなった。
今日はもう寝てしまおう。
戸締りをしっかりして。
当然、携帯は別の部屋に置いて。
§§§
木島は、電話をしている。
用件は、友人が旅行に行くから預かっていて欲しいと言われた猫のことだった。
「お前、またかよ。何回旅行に行くつもりだよ。」
「旅行がオレの趣味だって知ってるだろ。」
「ならペット飼うなっていったじゃねーかよ。」
木島は正直、猫が好きじゃなかった。自分が好きなのは、鳥なのだ。それが解ってて、自分に預けようとする友人を、時折恨めしく思うことがあった。
「頼むよ、今度の合コン、お前優先にしてやるから。」
「解ったよ、それじゃ。」
電話を切った後、ふうと木島はため息をついた。なんだかんだいって、ヤツには押し切られる。
まあいいか。
猫はゲージに入れて、適当にエサとトイレだけしとけばいいか。
夜0時。まだまだ宵の口だ。電話で中断したゲームを再開するか。
木島は、ふらっとめまいがした。
気が付くと、目の前に、年の頃十四、五の子供が立っていた。
「ふむ、ここは気配が強いな。」
「なんだお前。」
「探偵です。」
「たんてい〜?」
木島は、じろじろと少年を眺めた。
妙な格好をしている。
黒い妙な帽子、黒い変な服。
真夜中に自分の部屋で、じゃなくて、道端で会っても避けて通りたくなる感じだった。
「で、何の用だよ。」
「心を探しています。ここにはありそうなんですが…。」
探偵は、きょろきょろと辺りを見回した。
「変なもん探してるな。ま、いいや。オレの心なんにするのか知らないけど、持って行きたいなら持ってけ。」
しかし、探偵は頭を振った。
「貴方ではないですね。」
「ここにはオレしかいねーよ。まあ、こんな夜中だ。早く帰んな。」
「うーん…こことあそこが候補なんだけど。」
「候補ねえ。探したければ探したらいいよ。」
「…。」
物を探そうにも、散らかり放題の足の踏み場も無い部屋だった。
「いえ、心だから、動いてるものにしかないんですよ。いえ、お邪魔しました。今、ここには無いようです。」
そう言って、探偵は、木島の携帯にずるりと入っていった。
「おー。」
ぱかりと携帯を開けてみたが、探偵は入っていなかった。
「なんだったんだろうな。」
木島は、ゲームのスイッチを入れた。
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